林芙美子

林芙美子「夜の蝙蝠傘」

戦地で右足を切断した英助は、もう死んでしまっても仕方がないと観念していた。いまから思えば、生きかえることを深く信じていたが、心の片隅の感傷は、生命と云う炎のまわりを、死んでも仕方がないぞと云いつづけていた。しかし英助は死ななかった。死んで…

林芙美子「下町」

夫がシベリアへ行ってから、りよは幸福を味わったことは一度もなかった。歳月は彼女の生活の外側で、何の感興もなく流れている。りよは、鉢巻の男の様子が、人柄のいい人物のように思えたので、おそるおそるそばへ行って、「静岡のお茶はいりませんでしょう…

林芙美子「晩菊」

老女・きんの元へ、かつて愛した男・田部が訪ねてくることになった。「別れたあの時よりも若やいでいなければならない」――。自分の老いを感じさせては敗北である。たっぷりと時間をかけて、念入りに身支度を整える。わずかな期待を抱きつつ・・・。晩菊・水…

林芙美子「風琴と魚の町」

「ここはええところじゃ、ここは何ちうてな?」「尾の道よ」。風琴の調べにあわせて商品を売る行商人一家。彼らが偶然に降りた町で得た、しあわせの日々。苦しい生活の果てにようやく得られた、安住の地・・・。ところが降り続いて止まない雨が、彼らのしあ…