中島敦「かめれおん日記」

 「何?え?カメレオン?え?カメレオンじゃないか。生きてるの?」教師の私は、生徒がもってきたカメレオンを飼うことになった。この動物を前にして、私は熱帯や異国への思いが蘇ってくるのを感じた・・・が、回顧的になるのは衰弱の証拠だ、と人は言う。みんなは現実の中に生きている、けれども俺はそうじゃないんだ。今日は休みの日。カメレオンをながめつつ、私は様々なことを考える。

中島敦全集 (第1巻)

中島敦全集 (第1巻)

 中島敦によるユーモラスで知的な小説。病気による頭痛のためか、人生の無意味さにぼんやりし、人生に火花を散らせることがなくなって久しい「私」。自在に変化するカメレオンの出現が、過去の情熱を瞬間呼び起こしましたが、再び引っ込み思案な心境に戻り、その周辺がとつとつと綴られます。正直で皮肉屋で感受性の高い心持ちが、とても平易な文章で述べられています。また「頭痛の合間にきれぎれにうかぶ断想」としてアフォリズムや和歌が挿入される、とても面白い構成をとっています。

 普通人は慣習に無反省に従う。特殊な自由人は、慣習を点検して見て、それが成立するに至った必然性を実感しない限り、それに従おうとしない。

 坂道を駆け降りる人のように、停まれば倒れるので、止むを得ず走り続けていく。そういうのが人間の生涯だ、といったのは誰の言葉だったろう。