中島敦「弟子」

 孔子のような人間を、子路は見たことがなかった。優秀さが目立たないほど均衡の取れた豊かさが、平凡に、しかし伸び伸びと発達している。一方孔子は、この弟子の馴らし難さに驚いている。形式主義への本能的忌避と実践精神の逞しさは舌を巻くほどで、自ら好む部分のみを補強しようとする気概は数年経ても変らない。終いには孔子もさじを投げた。これはこれで一匹の見事な牛に違いはない――。

李陵・山月記・弟子・名人伝 (角川文庫)

李陵・山月記・弟子・名人伝 (角川文庫)

 実直な部分を残したまま成長し「大きな子ども」といわれる愛すべきキャラクター・子路が主人公です。孔子には(良い意味で)一般の理解を超えた部分がありますが、子路の言動はいつまでも微笑ましく、しかし、本気になったときの活躍は凄まじく、そんな彼に声援を与え、強く共感を覚える部分がありました。たとえば、私が読書体験により得ようとするものは、子路と完全に同じものなので・・・。

 難を逃れんがために節を変ずるような、俺は、そんな人間じゃない。

中島敦全集〈3〉 (ちくま文庫)

中島敦全集〈3〉 (ちくま文庫)