大江健三郎「アトミック・エイジの守護神」

 原爆孤児となった10人の少年たちを養子として育て、新聞に「アトミック・エイジの守護神」と書かれた中年男。だが、彼は少年たちに巨額の保険金をかけていたことが判明し、その記事を書いた記者はとても不愉快そうだった。実際、白血病で1人死に、2人死に、あと何人残っているのか、そしていくら儲けたのか分りゃしない!

 ユーモラスな講演会をあいだに挟み、昔の理想が跳ね返ってきた現在の現実を、においや見た目といったイメージ上に描きます。とんでもない太陽を生んだことに気づいた守護神は、まぶしさから逃げるために孤独を選び、アラブ式健康法(なんじゃそりゃ)で身を固めようとするのでした。
 中年男の「どうせなら利益(地位・名声ふくむ)を得たいボランティア」という姿は、「社会企業家」を思わせ、とても現代的なものだと思います。主人公は涙する中年男を非情に攻め続けることが出来ませんが、その優しさ(甘さともいう)もまた、「様々な価値観に注目しなくちゃいけない」と感じては自分の直感を信じなくなり、メディアのアイコンに従順になる現代人の姿ではないかと思います。

 「まさか!あいつが悲しむことなんかないですよ」と記者は憤然と反発した。しかし霊柩車の脇のひとりぼっちのその男の表情にはぼくの感情のやわらかい部分を鋭く刺すところのものがあったのだ。(略) この日は原爆記念日だったが、すくなくともぼくは、この盛夏の広島の真昼の陽の光のなかで、あのように茫然として立っている男を、ほかに誰ひとり見かけなかった。