梶井基次郎「闇の絵巻」

 闇!そのなかでわれわれは何を見ることもできない。思考することさえできない。何が在るかわからないところへ、どうして踏み込んでゆくことができよう――。闇を愛することを覚えた私は、旅館から旅館への10キロほどの道のりを愛した。力強く構成される街道の闇、闇よりも濃い樹木の闇・・・私はその街道を今でも鮮明に思い出すことができる。


 散歩道の情景を、外側からの客観的な視線とともに、歩く人間の内面からも描写した作品です。
 今現在この景色は存在していないでしょうが、しかし、梶井基次郎の眼を通して描かれたこの闇の街道は、現代人の網膜に鮮やかに映し出され、永遠に記憶され続けるものだと思います。感受性の高い人にかかると、闇すらも色を持つようになるのでした。とても短い作品ですが、そのぶん密度の濃い名文だと思います。