平林彪吾「輸血協会」

 血の検査場には黒い革張りの寝台が寒々と横たわり、塗の剥げた片隅のテーブルに、顕微鏡と十品ばかりの薬瓶が並べてあった。津曲三次が入ってゆくと、看護婦は断りもせず、品物を取り扱うかのように冷然と、彼の耳たぶを消毒した。若い医師が採血し、何か薬品を混ぜて調べはじめた。津曲三次はじいッとそれを眺めていた。家には病気と過労で倒れた女房と、さびしげな顔をした五つの息子がいる。もし、駄目だとはねられたら・・・。

鶏飼ひのコムミュニスト―平林彪吾作品集

鶏飼ひのコムミュニスト―平林彪吾作品集

 いいタイトルですね。銀座を作った男・平林彪吾(関東大震災後に役人として、廃墟と化した銀座の区画整備を担当したそうです)。氏自身の輸血体験をもとにした話です。

 「敗戦のために国全体が貧しかった」という理由からの貧乏話は、現代人から同情はされても共感は得られにくいもの。けれども、この話のように仕事を失い、職探ししても見つからなくって・・・という展開は、ある意味、とても2009年的(もちろん輸血や献血に対する認識は現代とは全く異なるはずだ、という客観性は持った上で)。
 前職のときに便宜を図った店にプライドを捨てて職を求めに行くも、胡散臭そうに「どなたでしたか?」と言われる始末(ヒドイね)。そんな主人公が最後にたどり着いた仕事、それは登録制の派遣輸血会社・・・。

 冒頭の血液検査シーンから、殺伐とした描写の中に不安心理があふれまくりです。前半1/3でバックグラウンドが語られて、いよいよ初仕事、病院に血を売りに行く第6章。ここが読みどころ。

 それまでの盛り上げ方からなんとなく先の予想はできましたが、それを上回る医者のテクニックに、もう、言葉を失いっぱなしでした。ああ・・・気の毒だ。ズズズはないだろう!(何が、どう、というのをココでいうのは野暮というもの)

 また、この作品は、主人公の感情が揺れる描写が、総ページ数と事柄の規模の割に多いように思いました。看護婦の挨拶の仕方に対するリアクションなどもありますが、特に大きく派手なのは「自分の血を売って生活する」ことに対する気持ちの変化で、これがしっかりラストまでつながります。

 最後の行動は必然ではなく、いくつかの中から選べたように思いました。この選択は、理想をふっ飛ばし、人間の本質をもあぶりだしますが、この時、主人公は、いったいどんな目をしていたのでしょうか。主人公の顔つきの変化を映像で見てみたい作品です。