島木健作「黒猫」

 絶滅寸前のオオヤマネコは、人間を相手にしても、そこから逃げることはなかった。立ち向かうことすらしなかった。人間の頭上から後肢を持ち上げて小便を引っかけたのである!人間など、彼にとってその程度のものでしかなかったのである――!猫に理想を託した、美学。

 病床にある主人公は、自由に動き回る猫に自分を託し、その大胆不敵さに自分を賭けます。けれども、その猫が相手をする人間は、現実に生きる主人公であるように思われます。退屈によってあぶりだされたユーモアの熱風は、黒猫への「期待度」のアップダウンとともに現実の方向へと向かっていくのでした。

 誰よりも熱心な旅行記の読者は病人にちがいないということを信ずるようになった。