椎名麟三「罪なき罪」

 飼い犬に向かって、いつものように「おまえだけだよ、私の言うことを分かってくれるのは」と嘆いていた志津は、背後から子供に声をかけられた。「おばさん、死にたいの?」志津は、つまらない気がして云った。「そうよ、・・・おばさん、死ねたらと思っているのよ」。その日の夜、志津はとうとう毒を飲むが、死ぬことが出来ず、なぜか二階で弟が苦しむ声が聞こえた。「広ちゃん!」。志津はわけがわからないまま、医者を呼ぶ・・・。


 純文学作家・椎名麟三による本格推理小説。広和の秘密は?なぜ、志津ではなく広和が?そういった謎が明かされていき、「哀」を感じる読後感が待っています。
 「一生をかけて尽くす」行為は、見返りなど要求しておらず、愛情からくる純粋な奉仕です。とは言っても、その関係を断ち切ろうとするときに、苦しみが生じるのが人間です。これは多くの場合、「母親と、(自立間際の)一人っ子」との関係に当てはまります。読者が親と子のどちらの年代に近いかにより共感は異なると思いますが、読後感は似通っているのではないでしょうか。



 ぼくは探偵小説が好きだ。(略)だから雑誌社から探偵小説をという依頼があったとき、快くそれに応じた。そしてできたのがこの作品である。(椎名麟三、あとがきより)

 人間のどんな不幸も、その人間より小さいもので、しかもその不幸は、幸福へ変えることが出来る。