中島敦「名人伝」

 弓の名人になろうと志を立てた紀昌は、名人・飛衛に弟子入りした。飛衛は、まず瞬きせざることを学べと命じた。紀昌は修行した。2年の後、鋭利な刃物が目先を通っても瞬きをせぬまでになった。彼のまぶたはそれを閉じさせる筋肉の使用法を忘れ、睫毛と睫毛の間には蜘蛛の巣がかかった。次には、視ることを学べ。師はより高度の技を要求する。紀昌は再び修行した――。

李陵・山月記・弟子・名人伝 (角川文庫)

李陵・山月記・弟子・名人伝 (角川文庫)

 笑える前半からアイロニカルな結末まで、一直線に楽しめる珍品です。マンガのような展開の果てにすっかり悟入した(ように見える)紀昌ですが、その世界は「幸せ」なものには見えないのでした。坂口安吾の「落語・教祖列伝」シリーズや、芥川龍之介の王朝ものにも似ていて、コミカルな中に秘められた教訓をいろいろ探ることも出来るように思います。
李陵・山月記・名人伝 (必読名作シリーズ)

李陵・山月記・名人伝 (必読名作シリーズ)

鶴田知也「コシャマイン記」

 多くの部落を率いて蜂起したが、日本人の卑劣な罠に敗北した父。勇猛なるアイヌ民族・セタナの酋長であった父の遺志を継ぐために、母・シラリカと幼いコシャマインは敗走した。同族の誇りとして、最強の血を継ぐ唯一の人間として、コシャマインは青年になるまで匿われることになった。全部落を率いて蜂起し、仲間たちの、同族たちの、そして父の恨みを晴らす時のために――。

芥川賞全集 第一巻

芥川賞全集 第一巻

 アイヌ民族を背負ってたつ、若きスター、コシャマイン。前半はテーマの意味を忘れさせる痛快な冒険アクションで、猛者たちの格好いい見せ場がたっぷりと描かれます。そして後半は「民族」をキーワードにした別の展開に。コシャマインの熱く必死な思いとは裏腹に、アイヌの同族たちは日本文化に流されていってしまうのです。そして、「時代」を象徴するようなラストを迎えます。アイヌの言葉や地名がたくさん出てきますので、彼らの文化に興味がある方も楽しめると思います。芥川賞受賞作。

 この哀れな歴史のような物語は今どきに珍しい自然描写などもあり、何か、むくつけき抵抗しがたいものに抵抗しているあたり、文明と野蛮とのいみじい辛辣な批判がある。こういう小さい歴史の存在を私は知らなかったのである。読ませるちからも豊富で変化があった。(室生犀星

 「そこに停れ!イワナイの鼠ども、一足でも前に進んだらセタナの酋長ヘナウケの部下、キロロアンの一と太刀がそ奴の顔のノシキ(真中)に食い込もうぞ!」