太宰治「桜桃」

 夫はジョークをいい、妻も愛想がよい。子供たちは元気で、忙しくも楽しい食卓の風景。けれども妻が発した何気ない一言が、彼らの仮面を1枚はぎとった。悩みの深さを笑いに変え、必死に生きる父親の心。それは、子供たちより、脆くて、弱い。

ヴィヨンの妻・桜桃・他八篇 (岩波文庫)

ヴィヨンの妻・桜桃・他八篇 (岩波文庫)

 シーンはわずかに2つで、間をつなぐのは作者の必死の弁明です。場の空気を一変させる決めゼリフの使い方はさすがに上手く、短いながらも展開力が際立っているように思います。成長と共に拡大する母子の勢力に圧倒される父親の愛情が、成長しない長男に集中するのは、必然なのかもしれません。

 子供より親が大事、と思いたい。