牧野信一「雪景色」

 引越しを控えた小説家の瀧は、庭にいる鯉の処分のことを考えていた。ところが金魚屋が高額に引き取ってくれることを知ると、雇人・AとBに指図して一匹残らず生け捕りしようと鯉捕りの采配を振るうのだった。AとBが必死に働く池を眺めるうち、瀧の思いは日常から離れ、だんだんと夢中になってしまうのであった。

牧野信一全集〈第3巻〉大正15年9月~昭和5年5月

牧野信一全集〈第3巻〉大正15年9月~昭和5年5月

 現実逃避といってはそれまでですが、人間は切羽詰っていればいるほど、妄想は広がり楽しさ膨らむように出来ている模様です。ギリギリで神経が高ぶった瞬間にハッピーな夢が広がっていく、それは幸せなことかもしれません。作者の牧野信一が現実的な小説から、空想的な小説へ転身しようとする時期に書かれた話で、そのあたりの心境も書かれています。

 瀧は、いつの間にか急を要する境遇のことなどは忘れてしまった。徒然のあまりに地引網を引かせて高見の見物をしている、そんな遊興に耽っている人のような、獲物なんぞは如何でも好い――わけもなく豊かな呑気な気分にもなってしまった。