牧野信一「剥製」

 ある日、疎遠になっていた母から「法要のため帰りなさい」との手紙が届いた。道のりは遠いため急がなければならないが、神経性の病に加えて貧弱な私の歩みは遅れる一方だ。同行者は私に老馬・Zの前を歩かせることにしたが、いつもZを苛めていた私は、やつに怨まれているに違いなく・・・。

牧野信一全集〈第5巻〉昭和7年10月~昭和10年3月

牧野信一全集〈第5巻〉昭和7年10月~昭和10年3月

 前半のペーソスを感じるストーリーから一転して、後半はZらとの珍道中になります。前半の(笑いもありますが)ノスタルジーが効いているため、「ゼーロン」などのハイテンション作品群と比べると、控えめな落ち着きを感じ、コチラの方がより分かりやすいと思われます。唐突に思えた<骨接ぎネタ>も上手くまとめられていて面白いです。

 長い間のあらくれた放浪生活の中で、私の夢は母を慕うて蒼ざめる夜が多かった。母の許へ帰らねばならぬと考へた。

(小田原に建つ「牧野信一文学碑」に記されたこの一文は、本作品より採られました。井伏鱒二選定)