佐多稲子「夜の記憶」

 作家の彼女は電車を乗り間違えてしまった。今晩はもうどうしようもないため、宿を求めて知人のいる駅に降りたった。以前も泊めてもらったが、今回はちょっと気が引ける。なぜなら彼女は先日、共産党を除名されたからである。迷惑をかけるんじゃないかしら、でも、無視してホテルに泊まるのも変な話だし、せめて挨拶くらいは・・・。たった一晩の好意、しかし、それは掟を破る行為。

 組織内には厳格なルールがありますが、しかし、たった1回、たいしたことはない・・・と悩む話から始まります。
 上の立場からすると、ルールは重要ですが、全てを厳格に保つことは雰囲気の悪化につながります。けれども、甘くしすぎては違反者が続出して、混乱を生みます。一方、下の立場からすると、あらゆる(理不尽とも思える)ルールを厳格に守ることは友人を失いかねませんが、あらゆる(正当な)ルールを破ってばかりいても、やっぱり友人を失います。
 そのさじ加減は微妙なもので、この話には、異なるタイプの2人のリーダーが登場します。上司はどこの世界でも常に憎まれ役ですが、それによって守られるものあり、破壊されるものあり。