牧野信一「夜見の巻 「吾ガ昆虫採集記」の一節」

 人はゼーロンと私との関係を仲が良いと勘違いしているが、とんでもない、ヤツは私の宿敵である。見るだけで腹が立つ。だが、この若者の前ではしっかりとしたところを見せておこう。軽やかに発足の合図をかけたのだが、ゼーロンが再び歩き出すのは私の「動」の声に御せられるのではなくて、飽食した時であり、また私は、その瞬間を見はからって合図をするのでもあった。

ゼーロン・淡雪 他十一篇 (岩波文庫)

ゼーロン・淡雪 他十一篇 (岩波文庫)

 「ゼーロン」の続編。どれだけ吹っ飛ばせることが出来るか、という力試し。勢いに満ちた小説です。スローからアップへの転換ももどかしく、ゼーロンと「私」との応酬が比較的早い段階から描写されます。そして、狂的な展開の後に訪れる、意外な場面は必読もの。牧野信一の自慢の小説だったと言われています。