中島敦「山月記」

 道中の袁「さん」の前に現われた噂の人食虎。あわや踊りかかるかと思われたが、虎はたちまち身を翻して草かげに去った。「あぶなかった・・・」という人の声に、袁さんは叫び声をあげた。「その声は、我が友、李徴子ではないか」。かつて発狂し失踪した親友であった。李徴は刻々と虎になっていくという、自らの異変を語る。そして、かつての自分の愚かさを悔いる。

山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)

山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)

 「自分には才能がある」と感じた李徴は、より高いレベルの人間を求めずに、平凡な世間から離れることだけにより自らの安全を確保し、「孤高の存在」になろうとします。けれども、人としての(むろん自己)評価は、他人との切磋琢磨からしか生まれ得ません。傷つくことなく達成出来るものばかりとは限りません。また、嫌な箇所に切れ込んでいくことで、初めて他人の目にとまり、影響力を持つことでしょう。
 次世代を作る人間たることを自覚する者は、時々この説話を読んで自戒すべきだと思っています。