武田泰淳「汝の母を!」

 日本軍に捕まった現地の息子と母親を前に、強姦好きな兵士たちは気味悪い笑みを浮かべていた。無知な兵士は「バカヤロウ!」程度の意味で「ツオ・リ・マア!」と叫んだが、それは「お前のおふくろはメス犬だ!」といった意味だった。満足する結果の後、親子はいずれも焼き殺された。このとき下半身を裸にした二人の内心は、「天のテープレコーダー」にどのように記録されたか。それを再現してみたい。


 ここで区切ってしまいましたが、この後になされる母子の会話がこの作品の全てです。前半のエッセイ風の出だしから一変、その会話はストーリーに圧倒的な重さと深みを与えます。神話のような修飾を持って、母、子、母、子となされていく会話は、旧日本軍の残虐さや非人間性に対する怒りを消化する間を読者に与えないまま、嘔吐をもよおすほどの息苦しさと迫力とを持って迫ってきます。まるで傷ついた精神そのものが、さらに互いを斬り合っているようなもので、その上、結論がないものだから・・・こんなに苦しい小説は滅多にありません。