中島敦「李陵」

 騎都尉・李陵は僅かの兵を率いて出撃、優れた戦術と力量を持って強敵・匈奴を大混乱に陥れるが、内通に遭い敗北、囚われの身となる。それを聞いた祖国・漢では、皇帝・武帝を前に、諸侯が生き永らえた李陵を売国奴と罵っていた。黙して語らぬ者もいたが、それも数えるほどしかいない。だが、ただ一人だけ、李陵を賞賛した男がいる。武帝を前に向う見ずな男、その名は司馬遷

山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)

山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)

 「運命」により枝分かれして、それぞれの末路を辿る男たちをドラマチックに描いた、中島敦の代表作です。男たちはともに絶望に打ちひしがれるのですが、それでも打ち込める仕事を持ち、そして後世に名を残している司馬遷は救いがあるように思います。後半に登場する蘇武にも救いの手が与えられます。では、李陵は・・・となると、彼を救ったのは、中島敦ということになりそうです。
 李陵を助けた罪で恐ろしい刑に処されることが決まったとき、司馬遷は考えます。自分の何が悪かったのか?正義を行ったはずなのに、どうしてこんな目にあわなければならないのか?少なくとも、武帝に取り入りたいだけのために、自分を裏切って李陵をののしる奴らの真似は出来ない。何も口出しせずに、知らん振りしていればよかったのか?でも、それは自分の性格からして不可能だ。ならば・・・という論理の果てに行き着いた結論は、自らの信念にプライドを持つ人間が、必ず到着する場所。
李陵・山月記 (新潮文庫)

李陵・山月記 (新潮文庫)