三島由紀夫「新聞紙」

 夫は今夜は帰らないかもしれない。敏子は、もう少し外で遊んでいたいのである。なぜなら、家の広間にはまだ血痕が残っているように思われるためだ。夫はまるで世間話のように話のネタにしているが、想像力の権化のような敏子はあの情景の記憶が鮮明に残ってしまった。新聞紙にくるまれた赤ん坊の姿が・・・肉屋の包み紙のような血だらけの新聞紙が・・・。


 世間知らずの奥様の深夜の大冒険。自分の意外な勇気に驚きながら「私だって頑張れば出来るのよ」と高められていく足音と、広がっていくあの妄想。そして、「えッ!?」という終わり方に目を見張ります。とても短い話ですが、奥様的妄想が階乗されていく様は、梶井基次郎坂口安吾作品で見るごとく、やはり満開の桜の魔力なのでしょうか。その妄想は江戸川乱歩「大暗室」ばりです。