三島由紀夫

三島由紀夫「命売ります」

まったく社会がゴキブリに見えたのだ。羽二男は自殺に失敗したことで軽くなり、これまで感じたことのないような気持ちになった。何もかもどうでもよく、生き死にを超越したのだ。そこで三流新聞に広告を出した。「命売ります。当方27歳。秘密は守ります」。…

三島由紀夫「橋づくし」

三人にはそれぞれ切実な願いがある。それはいずれも人間らしいものだから、月は叶えてやろうと思うにちがいない。けれども今夜は同行者がいる。無口で醜い女中のみなである。みなにも願いがあるのだろうか、生意気に。――月下に七つの橋を渡る散歩には、いく…

三島由紀夫「雨のなかの噴水」

彼はその言葉をいうために少女を愛したふりをしてきたのだ。男のなかの男だけが、口にすることが出来る言葉。世界中でもっとも英雄的な、もっとも光輝く言葉。すなわち――「別れよう!」 不明瞭に言ってしまったことが心残りだったが、雅子の涙を見て、とうと…

三島由紀夫「新聞紙」

夫は今夜は帰らないかもしれない。敏子は、もう少し外で遊んでいたいのである。なぜなら、家の広間にはまだ血痕が残っているように思われるためだ。夫はまるで世間話のように話のネタにしているが、想像力の権化のような敏子はあの情景の記憶が鮮明に残って…

三島由紀夫「百万円煎餅」

おばさんとの約束にはもう少し時間がある。健造と清子はデパートに入った。ずっと質素に暮らしてきた彼ら夫婦は、あらゆることに慎重だった。しっかりと貯金し、計画を立てて将来を見据えていた。そのとき、オモチャの空飛ぶ円盤が宙を飛び、「百万円煎餅」…