矢田津世子「神楽坂」

 爺さんが妾宅で待っていると、お初が帰ってきた。お初は爺さんに金目のある物を遠慮なくせびる。爺さんの方でも、つい負けてしまう具合である。いっぽう、内儀さんは女中の種が気に入っている。「ああ、わたしにもこんな女の子があったらなあ」とまで言ってくれる。ところで、この爺さんには子供がいない。お初、種、安さんの次男、代書屋の倅・・・誰に相続すればいいものか。

 爺さんの莫大な財産を狙った醜い跡目争いが描かれている・・・はずなのですが、とてもおちついた文体でやんわりと書かれているため、うっかりすると見逃してしまいそうです。何の話なのか意図的にわかりにくくした、作者の注意深い仕込みが感じられます。
 最後の最後において、本音がいくらか明らかになるのですが、作者の目線が完全に中立であるため、誰が「勝つ」のか最後までさっぱり分かりません。芥川賞候補にもなった、うまい小説。