矢田津世子

矢田津世子「神楽坂」

爺さんが妾宅で待っていると、お初が帰ってきた。お初は爺さんに金目のある物を遠慮なくせびる。爺さんの方でも、つい負けてしまう具合である。いっぽう、内儀さんは女中の種が気に入っている。「ああ、わたしにもこんな女の子があったらなあ」とまで言って…

矢田津世子「旅役者の妻より」

あね様。おたよりせなんだ約百日ばかりの間、言葉につくせぬ苦労をなめました・・・。わたくしは産後の体調優れず、良人は舞台で卒倒して以来回復せず、悲惨と申すほかありません。ああ、何度親子心中を考えたかしれません。たくさん金儲けした親戚たちも、…

矢田津世子「茶粥の記」

亡くなった良人は、雑誌に寄稿するほどの食通として有名で、味覚談義にはきりがなかった。聞き手たちは良人からまだ知らぬ味わいをいろいろ引き出しては、こっそりと空想の中で舌を楽しませる。しかし、良人は実際に食べたことはないのである。聞いた話や読…