2004-04-29から1日間の記事一覧

矢田津世子「茶粥の記」

亡くなった良人は、雑誌に寄稿するほどの食通として有名で、味覚談義にはきりがなかった。聞き手たちは良人からまだ知らぬ味わいをいろいろ引き出しては、こっそりと空想の中で舌を楽しませる。しかし、良人は実際に食べたことはないのである。聞いた話や読…

安岡章太郎「ジングルベル」

ジングルベル、ジングルベル――デートに向う満員電車の中にまでも、街中に溢れるジングルベルは鳴り響いてくる。ジングル、ジングル……身動きが取れない中で、事故でもあったのか電車はずっと動かない……ジングル、ジングル……さっき食べたウナギが、食道までの…

井上靖「闘牛」

大スタンドの中央で行われる競技、乱れとぶ札束、どよめく観衆・・・闘牛大会のプランを聞いたとき、新聞局長・津上の頭の中ではこれらの情景が自然に浮かんだ。だが、直前まで起こるトラブルの数々は心配の種をつきさせない。そんな中、津上の背中を見なが…

島尾敏雄「島の果て」

むかし、世界中が戦争をしていた頃のお話なのですが――。隣の部落のショハーテに、軍隊が駐屯してきました。みんなおびえていましたが、聞くところによると中尉さんは軍人らしくないそうです。中尉さんは、子供たちとも仲良くしていました。ところで敵の影が…