井上靖「闘牛」

 大スタンドの中央で行われる競技、乱れとぶ札束、どよめく観衆・・・闘牛大会のプランを聞いたとき、新聞局長・津上の頭の中ではこれらの情景が自然に浮かんだ。だが、直前まで起こるトラブルの数々は心配の種をつきさせない。そんな中、津上の背中を見ながら、さき子の頭に稲妻のように閃く思い。(ああ、あの人は失敗する!)――闘牛大会まで、あと10日。果たして勝つのは誰だ。

猟銃・闘牛 (新潮文庫)

猟銃・闘牛 (新潮文庫)

 芥川賞受賞作といえば権威的で堅苦しそうですが、この作品は違います。新聞社の内幕を描いたビジネス&恋愛小説で、充実のエンターテイメント。「闘牛大会」という解りやすいクライマックスが用意されており、着々とカウントダウンが進むため、スリリングに、テンポよく読み進めることが出来ます。
 その中で浮かんでくるのは、何がどのような状況に陥っても、誰がどのような感情に陥っても、決して止まらずに着実に進み続ける「時間」というものの存在です。そして、金で動かされながらも人間の時間にはまどわされず、必死で戦っているのであろう牛の姿も。

 「あなたの夢中になりそうなお仕事だわ」(略)
 「なぜ?」
 「なぜって、そんな気がするの。あなたきっと夢中になんなすってよ。あなたにはそんな処があるの」