安岡章太郎「ジングルベル」

 ジングルベル、ジングルベル――デートに向う満員電車の中にまでも、街中に溢れるジングルベルは鳴り響いてくる。ジングル、ジングル……身動きが取れない中で、事故でもあったのか電車はずっと動かない……ジングル、ジングル……さっき食べたウナギが、食道までのぼってくる……耳はガンガン鳴りはじめ、生唾が溢れだした。何時になったら……ジングル、ジングル……。

 後ろから絶えず突付いてくる「ジングルベル、ジングルベル」の音色は、主人公の心に「焦り」と「苛立ち」のスパイラルを生み、「悔い」の足跡だけを残すことでしょう。主人公には、この音を止める力はありません。嫌だなあ、と思っても従ってしまうのです。そして、そんな自分に感じる後悔・・・。語り口はとてもユーモラスなのですが、「現状の息苦しさ」が隅々まで横たわった小説だと感じました。