安岡章太郎

安岡章太郎「蛾」

私は医者を好まない。それは私の身体を、他人に知られることが不愉快だからであろう。近所には芋川医院があるが、まったく流行していない。きっと彼も私と似ているのだ。医院が流行らないことが近所や家族に恥ずかしくてならず、あんな奇怪なことをしでかし…

安岡章太郎「サアカスの馬」

何の特徴も取得もない僕は、担任の清川先生から諦められていた。叱られることもなく、じっと見つめられるのだ。そんなとき僕はくやしい気持にもかなしい気持にもなれず、ただ、目をそむけながら(まアいいや、どうだって)と呟くのだった。そんな少年の前に…

安岡章太郎「走れトマホーク」

私たちは巨大ビスケット会社の招待で、アメリカ西部を団体旅行していた。大歓迎を受け、楽しいときをすごし、そして次の町へ行く。はじめは気楽な旅行だった。だが、その間、会社は特に何の宣伝を要求することもなく、誰から何を言われることもなかった。そ…

安岡章太郎「悪い仲間」

ようやくニキビがつぶれかけてきた夏休みの頃、僕は藤井高麗彦と出会ったのだ。彼は僕をさまざまな冒険に誘っては僕を大いに驚かせ、彼が示唆するさまざまな秘密は、僕の彼に対するイメージを決定付けた・・・。そして夏休みが終わると、僕は高麗彦と同じ行…

安岡章太郎「陰気な愉しみ」

私には何か欠陥があるのかもしれない。軍隊生活でもまったく昇格できず、そのあげく背中に受けた傷がもとで病気になり、今は横浜市から金をもらって生活している。私はいつも役所へ着いたとたんに「健康人になってしまわないだろうか?」という不安に襲われ…

安岡章太郎「ガラスの靴」

待つことが僕の仕事だった――。夜番として雇われた僕は、戦う勇気も体力もないが、ただ待つことだけは出来るのだ。ある日、届け物をした家の先のメイドとしたしくなった。彼女は二十歳だったが、とても子供っぽいところのある人で、一日中かくれんぼをしてい…

安岡章太郎「ジングルベル」

ジングルベル、ジングルベル――デートに向う満員電車の中にまでも、街中に溢れるジングルベルは鳴り響いてくる。ジングル、ジングル……身動きが取れない中で、事故でもあったのか電車はずっと動かない……ジングル、ジングル……さっき食べたウナギが、食道までの…