島尾敏雄「島の果て」

 むかし、世界中が戦争をしていた頃のお話なのですが――。隣の部落のショハーテに、軍隊が駐屯してきました。みんなおびえていましたが、聞くところによると中尉さんは軍人らしくないそうです。中尉さんは、子供たちとも仲良くしていました。ところで敵の影が近づいてきた夜、中尉さんはひとり出かけます。部落の外れにはバラの垣根にかこまれて、トエという女が住んでいました。

島尾敏雄 (ちくま日本文学全集)

島尾敏雄 (ちくま日本文学全集)

 軍人らしくない軍人さんが、部落のひとびとと交流をふかめます。その様子がまるで平安時代のことであるかのように、やさしくていねいな口調で描写されます。けれども、これは飛行機も電話もある現代の話であり、たくさんの不幸が隠されていることに気づくでしょう。中尉さんのことはもちろん、どうしてトエがそんなところに住んでいるのか・・・といった、戦争が引き起こす側面がうかがえます。隅々まで彩られた詩的な空間がここにあります。

 「頭目どちらに」
 「山の端の向うの青白い月夜の部落には真珠を飲んだつめたい魚がまな板の上に死んだふりをして横たわっているのだ。私は是非ともその様子を見届けて来なければならない」
 頭目は気どってこんなふうな答を与えました。