由紀しげ子「本の話」

 姉からの手紙を読んで出かけると、姉を看病していた義兄の死に目にあった。彼は姉を看病したあげく、栄養失調で亡くなった。唯一の遺品は、数百冊の本である。義兄のためにも私は、この本を高く売らなければならない。だが、私には本の価値が分からない。全てが海上保険についての専門書であったのだ。だから、私はいろいろな人に相談をもちかけることにした。

 本が好き、あるいは、尾崎翠作品が好きな方に、自信をもってオススメします。きっときっと楽しめる、芥川賞受賞作。
 語り部の様子はいたってマジメなのですが、コントのような冒頭からすべてがちょっとピンボケで、おやおやという印象を残してくれます。
 「無くなるもの」にモチーフをこめ、どことなくおかしなワールドが広がっていきます。そして抱く感想は、どこまでも暖かく、どこまでもやわらかい。
 遺された本の山、それをその人の航海の軌跡に見立てます。「海洋保険」に無知な主人公だからこそ、それは全体のイメージとしてとらえられているのだと思いました。
 ちなみに、「中身」ではなく「状態」で値段をつける某新古書店の手法に疑問を持つ人は、思わずうなずく展開が後半にあります。

 人間の行為の跡がそのままこの箱の中に保存されている。この本をとりだすことは、この本を彼らが詰めたことに直接続いている。私はしばらく手を触れることをためらわずにいられなかった。この箱の中にまだ義兄は生きている。