矢田津世子「旅役者の妻より」

 あね様。おたよりせなんだ約百日ばかりの間、言葉につくせぬ苦労をなめました・・・。わたくしは産後の体調優れず、良人は舞台で卒倒して以来回復せず、悲惨と申すほかありません。ああ、何度親子心中を考えたかしれません。たくさん金儲けした親戚たちも、わたくしたちには目をかけてもくれません。けれども、捨てる神あれば拾う神ありとかで、この地の地主の尾形という方が現れたのです。

 貧困と病弱に悩む女性が親戚に書き綴った手紙形式の作品です。親子三人の暮らし向きには、何回ものアップダウンがあり、同情、憐憫、時代への反骨など、様々な感情がかき立てられるわけですが、最後にはアッ!という面白い趣向がこらされています。「太宰治の小説」といわれても、納得してしまうかもしれません。上手いなあー、と思いました。