北条民雄「間木老人」

 収容患者千五百名近く、ここは一つの部落だった。宇津は仕事中に間木老人と会い、その所作のうちに品位や風格を感じ、尊敬を憶えるようになった。だが、老人はらい病と精神病を併発した患者の病棟にいるのですと言ったため、宇津は驚いてしまった。一ヶ月程過ぎたとき、彼は初めて間木老人の部屋を訪ねたのである。

 主人公・宇津と間木老人との、偶然と運命が結んだ交流を描きます。前向きになりたいけれど、なりきることが出来ない彼らのマジメさ正直さは、会話中に「死」を織り込んでしまいます。
 この狭い世界において病気の完治を信じる人は、精神病患者の中にしかいないのです。不可避な死を前に年若い主人公ですら老人の心を持ってしまう世界において、間木老人は全ての患者の典型なのだろうと思います。

 この病院に来て以来、人に幾度も慰められたが、その言葉の中には定って、
 「まだまだあんたなんか軽いんですから。」
 安心しろと言われたが、このまだまだという言葉程げっそりするものは他になかった。しかしこれが一等適切な正確な言葉なのである。

 「実際なんという惨たらしいことでしょう。敵は自分の体の内部に棲んでいて、どこへでもついて来るのです。それを殺すためには自分も死なねばならぬのです。自分も死なねばならぬのです。」

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