大江健三郎「鳩」
有刺鉄線に囲われた少年院に、虐げられた心をもつ僕らは暮らしていた。ここは罪や狂気は拡散し、生気を奪い、僕らをよどみに吸いこんでしまうのだ。僕らはすでに老年の《弛緩》をみせていたが、けれども、院長の養子である「混血」には、社会の序列がぎっしりつまっていた。僕らはおだやかな軽蔑の眼で、少年の姿を覗き見ていたが、そこに突如として、野犬や死体の存在がしのびこんできたのだ。
- 作者: 大江健三郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1974/05/28
- メディア: 文庫
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文中の『そのほほえみから醜くなるのもかまわないでほほえむ看護婦』という言葉に、美醜の間を揺れて、白と黒色が交りあっていく、作品世界の姿を感じました。ねっとりとした描写が、いい雰囲気を生んでいます。
僕らはただ、清掃事務所の低いモルタルの壁からはみ出ている、樽からあけたばかりの汚物のうず高い山、蜜柑の皮や野菜の茎、根かぶを中心にする、ありとある台所の流しからの排泄物を見ることで季節の順調なめぐり、自然の風物の陸盛と衰退とを知るのだった。
- 作者: 大江健三郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1996/05
- メディア: 単行本
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