遠藤周作「札の辻」

 修道士であるユダヤ系ドイツ人のネズミ―本名は覚えていない―は、戦争の激化につれておどおどさを増して生活していた。学生は皆、彼のことを軽蔑し、残酷に嘲笑していた。このネズミと男とが近づいたのは読書会で、英雄的な殉教者の話がなされたときである。ネズミは同じ信仰を持つ人間として尊敬し、そして自分を恥じたことだろう。男は思った。(お前は、だめだな。俺もだめだが、お前さんもだめだ)



 異論・反論を口に出すことの出来ない人間が、イコール弱者であるという法はありません。けれども、行動しなければ何も変わらず、無言がYESと受け取られることがあるのが「社会」です。「俺もだめだが、お前もだめだな」という劣等の仲間探しは、なんだか嫌な感じがします。
 先生格の修道士でありながら、こっけいで弱くてイジめられてきた人間に、いったい何が起こったのか。戦争は、彼の何を変えたのか。ひとつのきっかけにより、人間は変わることが出来、それまでとは全く別の人間になることが出来ます。そのことを遠くから示した作品であるように感じました。