遠藤周作「海と毒薬」

 戦時下の病院内は、どうせ何をやったって誰もが暗い海に引きずりこまれて死ぬという諦めに似た空気に包まれていた。そこでは患者の命よりも、医学部部長選挙が優先され、同僚は「どうせ空襲で死ぬんだから、病院内で殺された方が医学への発展のためにいい」とも言っている。研究員の勝呂は屋上から海をながめながら、考えないことだ、俺一人ではどうにもならんもんな・・・とつぶやいていた。

海と毒薬 (角川文庫)

海と毒薬 (角川文庫)

 手術シーンなど緊張感のある見せ場もあり、作者の多彩な切り口で読ませる、遠藤周作の代表作。「社会」を重視する一方で「自分の心」に対する刑罰を重視しない、あるいは、その場限りの反省を残してすぐに普段の生活に戻っていく、人間の欺瞞を追求します。
 反対の声を挙げられずに苦悩する若者の姿は共感を呼び、読者の心に手を当てさせますが、これは現代においては上司からの「アカハラ」の影響とみることが出来るかもしれません。
 ちなみに、私は本文中に記される「自然気胸」にかかったことがあります。あれは苦しいです・・・。

 「患者を殺すなんて厳粛なことやないよ。医者の世界は昔からそんなものや。それで進歩したんやろ。それに今は街でもごろごろ空襲で死んでいくから誰ももう人が死ぬぐらい驚かんのや。おばはんなぞ、空襲でなくなるより、病院で殺された方が意味があるやないか。」

 ぼくはあなたたちにも聞きたい。あなた達もやはり、ぼくと同じように一皮むけば、他人の死、他人の苦しみに無感動なのだろうか。多少の悪ならば社会から罰せられない以上はそれほどの後めたさ、恥しさもなく今日まで通してきたのだろうか。そしてある日、そんな自分がふしぎだと感じたことがあるだろうか。

海と毒薬 (新潮文庫)

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海と毒薬 デラックス版 [DVD]

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