遠藤周作
新入患者が九官鳥を持ちこんできて以来、僕ら患者たちは少し違った午後を過ごせるようになりました。薄笑いをするだけのその患者に代わって鳥の世話をし、婦長の悪口を教え込んだりしました。けれども九官鳥は異様な臭気を発しましたし、何一つ言葉を覚えて…
戦時下の病院内は、どうせ何をやったって誰もが暗い海に引きずりこまれて死ぬという諦めに似た空気に包まれていた。そこでは患者の命よりも、医学部部長選挙が優先され、同僚は「どうせ空襲で死ぬんだから、病院内で殺された方が医学への発展のためにいい」…
修道士であるユダヤ系ドイツ人のネズミ―本名は覚えていない―は、戦争の激化につれておどおどさを増して生活していた。学生は皆、彼のことを軽蔑し、残酷に嘲笑していた。このネズミと男とが近づいたのは読書会で、英雄的な殉教者の話がなされたときである。…
二度の手術が失敗し、三度目の手術に踏み切らなくてはならなくなった。三年に及ぶ能瀬の入院費は家計をひどく圧迫している。高価な九官鳥を買えというのは、思いやりのない注文にちがいない。しかし能瀬は今、どうしてもあの鳥がほしい。能瀬は神父にすら言…
兵役義務で生活を奪われた俺は、義務としてアルジェリアのゲリラ戦に派兵されるようになった。だが、俺はどうして殺さなきゃいけないのか解らないんだ。義務だから入隊したのであって、アラブ人が憎いわけじゃない。殺したいなんて、これっぽっちも思っちゃ…