島尾敏雄「摩天楼」

 私は眼をつぶるだけで私の市街のようなものを建設したり崩したりしてみせたりすることが出来る。この私の市街は夢の中の断片をつなぎ合わせたもので、人が密集しているかと思えば空き地があり崩れ落ちた場所があり、野原すらあるように思われる。私はこの市街にこっそりと符号の代わりとして、NANGASAKUという名前をつけていた――。

島尾敏雄全集 第2巻

島尾敏雄全集 第2巻

 同じ場所が登場する夢を繰り返し見ることで、「私の市街」を形成した主人公。そこは自由なはずの都市でありながら、暗いイメージをもった出来事しか起こりません。突如現われた摩天楼は、「現実」に対する作者の思いの集大成、まるでお化け屋敷の様相です。読むことを止めてはならないような粘りつく文体は、後半に行くに従ってどんどん変化し、そのスピード感に感嘆!