福永武彦「風花」

 彼は療養所の孤独のなかに生きており、これから行く道も定かではない。詩をつくろうとした彼の思考は、何か別の力によって過去へと、周囲から愛されていた過去へと戻ろうとする。そのとき、彼の顔に何やら冷たいものが降りかかった。(ああ、風花か――)。何かが彼の魂の上を羽ばたいて過ぎた。

廃市/飛ぶ男 (新潮文庫 草 115-3)

廃市/飛ぶ男 (新潮文庫 草 115-3)

 全てに失敗し、挫折のドン底にいる現在から、過去のあの時、愛されていたあの頃のことを振り返ります。その追憶の中での彼は、どんどん若くなっていき、思い出の種類も淡くて優しいものに還っていきます。
 ノスタルジックな小品ですが、最後の数行によって表現された意志のベクトルの方向と伸び方が、個人的にとても気に入っている作品です。