尾崎一雄「こおろぎ」

 「こおろぎは泣き虫だね。でも、圭ちゃんは泣かないね」「泣かない」。そうと決めたら動かない四つの子供の様子に、私は安堵と同時にいじらしさを感じた。二年前に死にかけて以来、私は自分が初老の男にすぎないことを知った。ひるがえって、こいつらのこの小さくて弱い命。こいつらはこれをどう生かしていくのだろう。私はそれを見届けたい。

こほろぎ (1948年)

こほろぎ (1948年)

 すがすがしさと芯の強さを感じる、透明度の高い小説です。病弱な主人公は虫の懸命さに救いを求めています。一般的にこれは短命かつ弱弱しく、踏みつけられるものに過ぎませんが、この作品では弱小の運命の下で、しかしそれでも強く生きよう、歩いていこうとする生命の象徴です。
 子供たちとの雰囲気重視の交歓は微笑ましいものがありました(こおろぎは、かわいそうな目にあいますが)。また、いくつもの技法が組み込まれており、テクニック面でも見せ場満載です。ちなみに最後に登場する「K氏」=「川端康成」だとか。