川崎長太郎「夜の家にて」

 五十のとしまで独身できてしまった川上竹六は、棲家である物置小屋を出て、町端れにある魔窟「抹香町」を目ざした。そこにはひやかしの路すがら、二三度食指が動いた売女がいる。だが、その女「みえ」としては、としをとった不景気な男を、馴染客としたところで仕方がなくて・・・そして十二月の寒い晩のこと、川上の口から絶望の嘆声が聞かれる出来事が起こる。

戦後短篇小説再発見 12 (講談社文芸文庫)

戦後短篇小説再発見 12 (講談社文芸文庫)

 娼婦を買いに行っても、川上は金と交換に仕事を得るだけで、それ以外のトークをしても全く相手にされません。親しげなそぶりを示しても、女はちっとも乗ってきません。友を探しに出かけた川上は「末端からも無視された自分」を感じます。そして後半には、彼の身に残酷な出来事が襲いかかります。こういった過程の描写に遠慮がなく、主人公への過度の感情移入を許しません。そこには現実を突きつけてくる、峻烈な鬼の目の存在を感じます。