太宰治「たずねびと」

 故郷へ向かう列車内はひどい暑さでした。病弱な二歳の男の子は泣き通しでしたし、五歳の女の子も結膜炎を患っています。汚いシャツの父親と、髪は乱れて顔に煤がついた母親と・・・。その列車の中でお逢いしたひとに、再びお逢いしたいのです。そして、お伝えしたい言葉があるのです。「お嬢さん、あの時は、たすかりました。あの時の乞食は、私です。」と。


 飽和した現代には「捨てるくらいならちょうだい」と言う人がいますし、「あなたの善意が人の命を救います」と、まるで『拒否する人に善意はない』といわんばかりの人がいます。物の重さがなくなったことが、物のやりとりの軽さを生んだのでしょう。
 この作品は、逆恨みととらえられかねませんが、生きるためにプライドというものがいかにジャマなものであるか、けれども、そのジャマなプライドがいかに強く生きるために必要であるか――そういったことを思わせる作品です。