山本周五郎「こんち牛の日」

 祝言の三日後、おすぎは金目のものをすべて持ち出して出奔した。心当たりがないでもない。塚次は、一人でもよく働いた。懸命に働きつづけた。それにしても、おすぎが帰ってきたら、おれはどうするだろう。きっと何も言えやしないさ。塚次はぼんやりと溜息をつき、仕事に精を出すのだったが・・・。


 とんでもないワガママな娘・おすぎに振り回される両親と、その婿・塚次。塚次はおすぎのことでからかわれたり酷い目にあっても、すべてを受け止めようとする優しい青年なのですが、(悪に対する暴力の正当化云々はともかく)徐々に切迫する事態と、その優しさにつけ込む行為の数々が、彼の心にある力を目覚めさせるのでした。