石川淳「変化雑載」

 教えられて出向いた寺のうす暗い窓口から、すっと差し出された闇タバコ。いや、タバコよりもその手、その爪、真っ赤なマニキュアが塗られたその艶の出たのが、窓口にながれて眼にしみた。飛び出した細い手が札をつかんで引っこんで、硝子もしまって、後には何も残らない。物音ひとつしやしない。――こいつ、ちょっといける。

焼跡のイエス/処女懐胎 (新潮文庫 い 3-1)

焼跡のイエス/処女懐胎 (新潮文庫 い 3-1)

 広大な白色、そのなかの急所に、赤色が一滴。だらだらとした主人公の日常が、偶然出会った「ちょっといける」女の出現によって一変します。鮮やかな赤に光を感じ、誘われるままにフラフラと近づきますが・・・女の魔性が男をいたぶります。ラストの展開は読みごたえ十分。

 こいつ、ちょっといける。なにが。この女がか。この光景がか。いや、どうも、酒がなくてはなにもいけない。