尾崎一雄「猫」

 「あたしんちの近所でねえ、赤ちゃんが猫に喰われたんだよ、こわァ」。芳枝は妊娠以後臆病癖がますます昂進し、近ごろは便所へ行くことすら渋っている。それもこれも私に稼ぎがないためである。「赤ちゃんが猫に似てたらどうしよう」と言う芳枝を、私は軽くあしらったが、不吉なものが近くに来ている感じはするのだった・・・

 悲惨を悲惨と感じさせない不思議な陽気さが尾崎一雄作品の特徴ですが、この作品には生活の中に潜む緊張感や危ういバランス感覚というものが、その他の作品よりもチラチラと見えている感じがします。他作品にみられる「陽気さ」は自分という一個の物体を突き放したところからはじまっていると思うのですが、この作品ではそこまで到達していない分、作品にスリラー的要素を加えることにつながっているようです。