椎名麟三「時は止まりぬ」

 何故こうなったのか判らないが、ただ一つ確実にいえるのは、僕は死んでしまったということなのだ。こんな人生は耐えがたい、それは発狂しそうな気さえするほどだ・・・。人生に意味を失なった僕は、無意味に過ごした映画館の中で、暗い眼をした女を見つける。


 人生の出発点に「無為の日々」を感じた主人公は、周囲への無関心と無感動の視点を手にいれました。制約のある/なしの間を人間は行き来し、そして、その中にしか人間の自由はないという考えがあるようです。周囲の人間から離れることによって「自由」を得ようとする主人公がいます。
 この主人公は過去を完全に消去して、明るい未来も持たずに、耐えがたい現在を何とかかんとか凌いでいます。しかし、そんな彼をめがけて、過去が一直線に走ってきた・・・正面衝突は避けられない。そこで彼がとった意外な行動とは?

 お前の凡庸な幸福へ帰るがいい。そうすれば恐らく何事もないのだ。何事もないということ、それはほかの何ものにも代えがたいほど立派なことではないか。