武田泰淳「異形の者」

 私はうまれつき自立独立の精神が欠けて居り、かつその他にすべきこともなかったため、寺に生れた者にとって一番安易の路を選んだのである。だが女を熱望する以上、僧侶になりきることはできぬと思った。彼女らがそり落とした頭を見るときの、瞳のおびえは当然である。われわれは異物だからだ。そうしたとき性欲には殺気がまじることもあり、穴山という男にはそれが顕著だった。

ひかりごけ (新潮文庫)

ひかりごけ (新潮文庫)

 社会から逃げる形で僧侶になったはいいものの、寺での平静を求める心はほとんどなく、世の中の「刺激」に対する未練たっぷりな主人公。僧としては未熟ですが、彼はその未練を断ち切る方向に修行して進むことはせず、「この世の方が、あの世という奴より千倍も万倍も親しい。全く、あの世の極楽なんて、ほしければ誰にだってくれてやる。俺のほしいのは、この世の方なんだ」(本文より・一部改)と、開き直ります。非俗世の中に入ることにより、俗世の意味を知った模様です。すると、目の前に立ちはだかったのは「その物」の存在でした。人間でもなく神でもなない「あなた」の存在に対する、ラストの宣戦布告は強烈!