深沢七郎「みちのくの人形たち」

 みちのくに住むヒトに誘われて、私は東北に行ったのである。そのヒトは家など一軒もないような山に住んでいた。どういうわけかこのあたりの人たちは、三十五、六歳のあのヒトを「ダンナさま」と呼んでいる。食事が終った頃、青年がやってきて「産気づいたから屏風を借りに来ました」と言った。これはこのあたりの風習だそうで、あのヒトが「ダンナさま」と呼ばれることと関係しているらしい。

普及版みちのくの人形たち

普及版みちのくの人形たち

 深沢七郎独特の文体で描かれるのは、土着にのっとった人間たちの過去に従順な姿。それは普段、平和な田舎の日々の影にひそんでいますが、それを一枚めくった先には、命の取り扱いなど何とも思わない戦慄があふれていてビックリです。その影が白日の下にさらされた瞬間、「人形たち」は圧倒的な無言の迫力を持って、主人公に向かって襲いかかってくるのでした。・・・その恐怖!