井伏鱒二「かきつばた」
小林旅館にある伊部焼の水甕は、高さ四尺で朱色に近く、私は非常にそれを欲しがった。ところがおかみさんは譲ってくれない。広島の空襲後、旅館はすでに立退いていて、水甕は放置されたままだった。健在の日の思い出が去来し・・・しかし、いまいましい。棄てていくなら、譲ってくれてもいいだろう。敗戦を境に不眠症にかかった時、回覧板で集合をかけられた。
- 作者: 井伏鱒二
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1994/06
- メディア: 文庫
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何が起こっても不思議ではない時、何を見ても驚けない時。そんな状況に堕ちきるためには、処理能力の限界を超えた台風に襲われることです。そんなものに襲われたくはありませんが、空から突然爆弾が落ちてきたんだから仕方がありません。
ところが人間というのは不思議なもので、結構あっさりと新しい状況に慣れてしまうようです。これを適応、あるいは、麻痺と言います。事々の境界線を失ってしまうと、ちょっと離れた事柄でも一緒にして考えてしまいがちですが、そんな時にも「アレとコレとを一緒にするな!」と頑なに安易な融合を拒み、自分の世界を守ろうとし、きっちりと区別して未来に進もうとする人間もいるのでした。