高見順「誇りと冒涜」

 狭間は私の古い知り合いである。一時は有望株であったが、師匠K氏の夫人と逃亡してから作家生命を絶った。一説によれば、狭間は夫人を射止めることに野心を燃やしただけだという。その事件から十数年後、狭間がひょっこり私の家に訪ねてきた。そして断りきれない小額の金を借りていく。しかも一部は必ず返済する。最低限の誇りは保ったまま欲求を満たす・・・狡いやつだ。

 誇りを冒涜した行為を繰り返す狭間ですが、主人公の目はその奥底にひそむ、彼の本当の姿を見ます。前半の借金の方法と、後半のある飲み屋での話。2つのエピソードが効果的に語られるショートストーリーです。
 ピエロに対して与えられる他人の行為を利用し、しかも本来の目的を悟られないように行う方法に、主人公は狭間の狡猾さをみて軽蔑します。そのようなことをしなければ生活出来ない落日の現況は、もともとの性癖が発露したものであろうと主人公は考えます。しかし、もしかすると失われた十数年間の生活が彼を蝕んだ(あるいは育てた)ものかもしれず、その場合は解釈が反対になり、悲哀を感じるのだろうと思いました。

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