北杜夫「楡家の人びと」

 大正八年、年末恒例の賞与式では、朗々と響き渡る青雲堂主人の声に応じて不思議な人物たちが壇上へ昇ってくる。そのひとりひとりに賞を手渡す、院長・楡基一郎の仰々しく得意げな様子。それらを長女・龍子は微動だにせずに、三女・桃子は興味と熱意をもって眺めていた――。楡脳病院に暮らす数多くの人間たちが、歴史とともに生きる様子を豊かに描いた大河ドラマ

楡家の人びと (上巻) (新潮文庫)

楡家の人びと (上巻) (新潮文庫)

 時代のなかに生きる楡一族の生きざまを、真摯に優しく、ユーモラスかつ皮肉につづった、長大なドラマです。
 親から子へと伝えられるのは、性格や顔立ちから呼称にまで至ります。素直に受け継がれたもの、受け継がれなかったもの、反発して目覚めたもの、反発出来ずに受け入れたもの。そのうち多くはなくなり、いくつかのものは(伝説化して)そのまま残り、時代は大正から昭和に変わり、そして戦争へと進んでいきます。生活する人間たちを一直線に送りこみ、それまでの「キャラクター」を戦争はブツ切りしてしまいます。
 物語を通してあまり人物への感情移入は出来ませんし、また戦争に対する現代からの批判的な視点もありません。あくまでも歴史を壊さないように描かれており、それは逆に言えば歴史の中にいることを認識していない同時代人の目線というものに、作者がこだわったためであるようです。
 これはまた、1つの家族などによってはどうにもならない巨大なモノの存在を浮かび上がらせていますが、それでも俗物&カリスマという奇妙な人物・楡基一郎、学者として世俗から離れていく徹吉、鉄の女・龍子、作り物のような涙をながす桃子といったあたりの生き方が、印象に残ります。

 「(略)ええと、何を話していたんでしたっけ?そうそう、つまり病院の式なんかばかりを重んじて、この家はまるで病院の付随物みたいなものなんです。家があって病院があるのではなくて、すべてはその逆で、ぼくに言わせれば、それもただの病院じゃなくて、次第々々にそれがみんなに影響していると思うんです」

楡家の人びと (下巻) (新潮文庫)

楡家の人びと (下巻) (新潮文庫)