椎名麟三「神の道化師」

 「世間の恐ろしさ」を父親に叩き込まれて育った準ニは、「社会という権威ある王城」を恐れていた。ところが、16才のとき、予定外に家出してしまった彼は、不本意ながらも「社会」に暮らすことになった。身寄りのない彼が向かった先は、浮浪者が集まる無料宿泊所であった。そこで出会った善やんは準二に親切に尽くすが、次第に社会に入っていく準二にとって、善やんは停滞した存在でしかない。

神の道化師・媒妁人 (講談社文芸文庫)

神の道化師・媒妁人 (講談社文芸文庫)

 「社会」との対決を描いた作品は、いつの時代でも決して風化しません。
 社会に出ることを怖れる世間知らずの家出少年が、親切な大人と出会います。そして都会での行き方を学びながら、心身ともにたくましく成長していく物語・・・のように思えますが、どうもそれだけではありません。成長することによって得たものよりも、失ったものの方が大きく思えます。登場人物に対する感情移入の度合いがどんどん変化していくことでしょう。
 向こう側のことであるとしてあれほど嫌っていたにもかかわらず、「社会」で暮していくうちに、いつしか自分がその向こう側に立っていた――。「自分は違う」「自分だけは違う」と思っていても、その環境にドップリつかると、強い意志をもたない人間はいつしか影響を受けてしまうものです。