原民喜「夏の花」

 突然の一撃により目の前に暗闇が滑り落ち、私はうわあと叫びながらトイレを出た。原爆が投下され、私が逃げた先で見たものは、血だらけの女、転覆した列車、川を流れる少女、魂の抜けた婦人・・・顔がくちゃくちゃに腫れ上がって、爛れ、虫の息で横たわっている。それはまるで、超現実派が描いた絵画の世界だった。――このことを書きのこさねばならない、と、私は心に呟いた。

 「愚劣なものに対する、やりきれない憤り」(本文より)が、抑えた怒りを伝えています。あえてモノトーンで描かれた殺伐とした描写の中に、「原爆前」のカラフルな景色を挟んで描いています。ここに主張はありません。あるのは目の前の光景をそのまま写して想いを伝える、名カメラマンの目です。厳しく、辛い、地獄。絶望感、無力感、暴力、死、狂気。しかし、彼は書かねばなりません。それを振り起させたのは、使命感、そして現実から目をそむけない意志の力です。

 この辺の印象は、どうも片仮名で描きなぐる方が応わしいようだ。それで次に、そんな一節を挿入しておく。

ギラギラノ破片ヤ
灰白色ノ燃エガラガ
ヒロビロトシタ パノラマノヨウニ
アカクヤケタダレタ ニンゲンノ死体ノキミョウナリズム
スベテアッタコトカ アリエタコトナノカ
パット剥ギトッテシマッタ アトノセカイ
テンプクシタ電車ノワキノ
馬ノ胴ナンカノ フクラミカタハ
ブスブストケムル電線ノニオイ