大岡昇平「春の夜の出来事」

 女道楽は仕放題、女房子供は放ったらかし、それが俳優の常識だった時代である。美男俳優の夫は失踪し、息子・太郎はすでに一人立ちしていた。そしてある夜のこと――母・露子の家に泥棒が入った。露子は、様子を見に行った太郎の叫びを聞く。「人が死んでる」。どうやら強盗同士の争いが起こったらしい。だが・・・。


 芥川龍之介「藪の中」のように交錯する証言。真実はどこに――。そういったサスペンスですが、おそらくそれ以上に作者が描きたかったであろうことは、最後の1行にこめられています。
 繊細な善人はいつも損をし、図太い悪人は得をする世の中です。虚構の世界では逆をいってもらいたいものですが、さて・・・。ラストで得られるのは全くの空白、そして、支えを失った人間の弱さです。